2016.2.5 辺野古スピーチ(西郷)「こんなきれいなところで、戦争なんてできるわけない」

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10年ぶりの辺野古、辺野古がわたしを育ててくれた

みなさん、こんにちは。京都から来ました、西郷南海子です。「南の海の子」と書いて「みなこ」と読みます。

わたしにとって辺野古を訪れるのは、これで2回目、なんと10年ぶりです。わたしは大学に入りたての5月、18歳のときに辺野古に来て、自分の価値観がひっくり返るような体験をしました。それまでの自分は、漠然と「国」「政府」というものを当たり前のもののように、何も疑ってこなかったことを強烈に突きつけられました。

子どもの頃から「戦争は悪いものだ、戦争はなくしたい」と思ってきましたが、まさか自分の国が戦争の準備を着々と進めているということや、それどころかいわゆる「戦後」もいろんな戦争に加担し続けてきたということさえ、知らなかったのです。そして、「国」といった枠組みに取り込まれず、戦争協力を拒否する人間になりたいと誓いました。

それから10年間の間に、わたしは3人の子どものママとなり、いくつもの反戦・反原発運動に関わってきました。中でも大きかったのは、去年の夏に、「安保関連法案に反対するママの会」を立ち上げたことです。この法案を許してしまったら、いろんな意味で「申し訳が立たない」と思いました。たった一人からの呼びかけですが、会は爆発的に広がりました。今では北海道から、ここ沖縄まで数え切れないほどのママが「だれの子どもも、ころさせない」を合言葉に活動しています。この合言葉でなら、立場の違いを乗り越えてつながれると、心の底から思っています。

沖縄戦を忘れない

わたしは沖縄戦で起こったことを「悲劇」「捨て石」といった一言で片付けてはならないと考えてきました。知れば知るほど、日本軍がやったことはひどいのです。都合のいいように沖縄の人々を使って、都合が悪くなれば切り捨てる、あるいはひねりつぶす。このやり方は、今の政府とまったく同じです。沖縄戦を指揮した日本軍のトップたちは、皇居の方向を拝んでから「潔く自決」したということになっていますが、それまでは「天皇の国だから負けるはずがない」と信じていたのです。なんという身勝手でしょう。こんなことを言うと「英霊を侮辱している」と言われるかもしれません。でもわたしは、こういった思い込みや枠組みに簡単にはまってしまう、人間の恐ろしさを自分の心に刻みたいのです。

10年前、沖縄に行ったとき、わたしの父が初めて教えてくれたことがあります。それは、その沖縄戦でのナンバー2だった長勇(ちょう いさむ)参謀長は、わたしの遠い親戚だということです。それ以来、わたしの心は沖縄戦にずっと釘付けになってきました。沖縄の言葉をしゃべる人間はスパイだという通達を出し、(間接的であれ直接的であれ)現地の人々を殺しまくった人物が、遠い親戚だったのです。

それを知ってから、わたしは沖縄について何を語っても「偽善的」なのではないかと自問自答してきました。自分がいつ「そっち側」つまり沖縄をもてあそぶ「ヤマト」に転ぶのかわからない、もしかしたらすでに「そっち側」に転びつつあるのかもしれないという怖さを抱え続けてきました。なにせ18歳になるまで、ベトナム戦争が沖縄から出撃していたことさえ知らなかったのです。(高校のときは東京の帝国劇場で、『ミス・サイゴン』というベトナム戦争を舞台とするお芝居を2度も観に行っていたのに。)

こうして沖縄のことを知れば知るほど、声を上げられなくなっていく自分がいました。でも、だからと言って何もしないでいるのは辺野古新基地建設を認めるのと同じことです。そんなわたしの背中を押してくれたのが、SEALDs RYUKYUの元山仁士郎くんでした。「沖縄についての『語りにくさを語る』という方法もあるんですよ、ぜひ沖縄に来てください」と励ましてくれました。自分が誰かを傷つけるかもしれないという怖さを理由に、分断にはまっていく怖さを、乗り越えたいと思い、今日はここに来ました。

どこまでも「人間の可能性」を信じたい

そんなわたしには2歳、5歳、8歳の子どもたちがいます。今回沖縄に来ることになって、ガイドブックを広げて予習をしていましたら、8歳の息子が珊瑚礁の写真のぞき込んでこう言いました。「こんなきれいなところで、戦争なんてできるわけないやん」と。彼のこの一言が、わたしが10年間考え続けてきたことを、一瞬でまとめ上げたように感じました。「こんなきれいなところで、戦争なんてできるわけないやん」で、十分すぎるほどなのです。戦争は、だれかのかけがえのない命をふみにじってまで、やるべきことではないのです。

おととい、ママの会@沖縄のメンバーがこんなことを教えてくれました。米軍の海兵隊員の中にも、「こんな綺麗な海を埋め立てるなんて信じられない」と言って署名に協力してくれる人がいるそうです。あるいは米軍の奥さんでも、基地内に隠された汚染物質について不安に思って相談しにくる人もいるそうです。だれもがより幸せに生きていきたい、できることならだれも傷つけずに生きていきたい。その「命どぅ宝」の思い、すなわち「だれの子どももころさせない」の合言葉で、わたしはいろんな壁を越えていけると信じています。どんな枠組みにもはめ込むことのできない「命どぅ宝」の原点で、どこまでも手をつないでいきましょう!

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